大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和29年(行)18号 判決

原告 戸巻昌作

被告 国

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人らは、「被告が別紙目録第一記載の土地につき昭和二十五年三月二日を、別紙目録第二記載の土地につき同年七月二日をそれぞれ買収の時期としてした各買収処分の無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、別紙目録第二および第三の土地(以下本件第二および第三の土地という。)は原告の所有であるところ、訴外古平町農地委員会は右土地のうち第三の土地については昭和二十五年一月二十日、第二の土地については同年三月十七日、いずれも自作農創設特別措置法(以下自創法という。)第四十条の二第四項第五号を適用してそれぞれ牧野買収計画を樹立したので、原告は同年二月六日右第三の土地に対する買収計画につき同農地委員会に異議を申し立てたところ、異議棄却の決定があつた。被告は右各計画に基き、第三の土地についてはそのうち別紙目録第一記載の土地(以下本件第一の土地という。)につき昭和二十五年三月二日を買収の時期とする同二十六年五月二十三日附買収令書を、第二の土地については昭和二十五年七月二日を買収の時期とする同二十八年八月十四日附買収令書をそれぞれ原告に交付してこれを買収した。

二、しかしながら、右各買収処分は、次のようなかしがあるので当然無効である。

(一)  本件第一の土地に対する買収計画の変更については公告・縦覧・承認等がされていない。

政府が自創法に基いて牧野を買収する場合には、個人の権利・利益を保護する立場上買収計画の公告・縦覧・承認等法定の手続を経ることが絶対に必要である。したがつて、買収計画の記載事項の一つの改定・変更は買収計画自体の有効要件の改定・変更となり、その後の行為はその根拠を失い無効となるので、別異の計画としてあらためて改定・変更した部分を含めてその買収計画の公告・縦覧・承認等の手続をしなければならない。ところで、本件第一の土地に対する買収計画は、前述のように最初第三の土地合計二百九町一反四畝六歩について定められていたのであるところ、その後古平町農地委員会はこれを第一の土地合計百七十一町二反二十六歩に変更したが、この変更した買収計画については公告・縦覧・承認等の手続が全く履践されていないから、本件第一の土地に対する買収処分は無効である。

(二)  本件各土地は牧野ではない。

1、本件第一の土地は、原告が昭和十八年十一月五日林木育成の目的で訴外米田惣太郎から買い受けたもので、当時既に樹令三十年ないし四十年の自然木が繁茂し、さらに右買収当時その全地域のうつ閉度は〇・六以上で立木の総石数五万一千二百九十三石を算する山林であつた。しかも昭和二十三年四月二十八日附農林次官より都道府県知事あて「牧野の定義に関する件」と題する通牒によれば、牧野区域の立木の疎密度が〇・三未満のものは牧野である旨明示されているのに、古平町農地委員会は右事実ならびに通牒を無視して本件第一の土地を牧野と認定して買収計画を樹立したのであり、したがつて、右違法な買収計画に基いてした被告の右土地に対する買収処分は無効である。

2、本件第二の土地は、原告が前同日頃前同様の目的で訴外小林太郎から買い受けたものであるが、右土地のうち古平町大字歌棄村字イナリ沢二百九十番地の土地(以下二百九十番地の土地といい、他の土地についても以下これに準じて地番のみで表示する。)には当時合計二十二万本の落葉松が植栽されていたので、原告はこれを育成し本件買収当時樹令二十五年ないし三十五年・総石数四千石に達する造林地となつており、その余の各土地には雑木の自然木が生えていた。しかるに、古平町農地委員会は本件第二の土地を牧野と認定し、被告もまたこれを認容して買収処分をしたのは事実の認定を誤つた無効のものである、と述べ、

三、被告の答弁事実中、訴外米田が明治の末から大正の末まで本件各土地を米田牧場として使用していたこと、および原告が本件各土地を買い受けてから間伐・枝払等の管理行為をしなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。訴外米田は右牧場の収支がつぐなわなくなつたので、大正の末頃から林木育成に方針を変え、第一の土地については天然林を育成し、第二の土地はこれを訴外小林太郎に売り渡したところ、同訴外人において同地内に前記落葉松二十二万本を植樹したのである。原告がその買受後右各土地につき間伐・枝払等の管理行為をしなかつたのは、戦争中およびその後の混乱のためできなかつたからである。と述べた。

(証拠省略)

被告指定代理人らは、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、

一  原告の主張事実中、

一の事実はすべて認める。

二の事実中、古平町農地委員会が原告主張のような経緯で本件第三の土地に対する最初の買収計画をその後本件第一の土地に対する買収計画に変更したこと、この変更した買収計画につきあらためて公告・縦覧・承認等の手続がされていないこと、原告主張のような農林次官通牒があつたこと、原告がその主張の日その主張のような訴外人らから本件各土地を買い受けたこと、右買受当時本件第二の土地のうち二百九十番地の土地の一部に原告主張のような落葉松が植樹されていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

二(一)  買収計画変更の公告・縦覧・承認等について。

原告主張の自創法の規定は、もともと土地所有者に対し買収についての異議申立および訴願提起の機会を与えて自創法の精神を逸脱した権利の侵害から所有者を救済するため設けられた規定である。したがつて、すでに適法な公告・縦覧・承認等の手続を経た買収計画の一部を、後で当該市町村農地委員会が土地所有者のため任意に取り消したような場合には、たんにその旨を土地所有者に通知すれば足り、あらためて右取り消した部分を除くその余の同一土地につき公告・縦覧・承認等の手続をとり、さらに土地所有者に対し異議および訴願提起の機会を与えなければならない理由は少しもない。

本件の場合、古平町農地委員会は同農地委員会が先に本件第三の土地につき定めた買収計画のうちから、牧野と認められない四筆の土地を原告の利益のため除外して本件第一の土地に減縮し、その旨原告に通知したのであるから、本件第一の土地に対する被告の買収処分には何らのかしも存しない。

(二)  非牧野について。

本件各土地は、訴外米田惣太郎が明治四十二年と大正二年の二回にそれぞれ当時の内務省から売払を受け、以後昭和六年まで米田牧場と称して自己所有の馬匹および附近町村民の委託馬を放牧し長年牧野として利用していたものである。その後本件各土地は長らく牧場のままの状態に放置されていたが、原告が右各土地の所有者となつてからも、原告が右各土地につき枝払・間伐あるいは植樹・看視等の管理行為をして林木育成を図つた事実は全く存しない。しかも本件買収計画樹立当時前記米田牧場の諸施設はなお残存していたので、ほとんど手入を要しないでこれを直ちに家畜放牧の目的に供することができる状況にあつた。

元来本件各土地は、沖村川・ツルノツペ川・歌棄川およびその支流がほぼ南北に並列して流れる中間に位置し、その殆んどが八ないし二十度の緩傾斜地でしかも周囲は右水流に沿うて比較的急峻地となり隣地と遮断されているため、放牧家畜の逃逸を防ぐことができ地形上牧野として最適の環境にある。なお、本件各土地上に生立する樹木はすべて家畜のひ蔭林・防風林・水源涵養林あるいは牧野施設資源林として必要不可欠のものであり、とくに二百九十番地の土地に植栽されている落葉松は、同土地が米田牧場の北西側で日本海に面する緩傾斜地であるところから、同牧場の管理人が防風・防雪の目的で植樹したものである。その他の土地に生立する樹木は全部シラカバ・ヤナギ・ナナカマド等の灌木類で何らの手入も施されていないためその成長率は極めて低く経済的価値に乏しいものばかりである。なお、古平町農地委員会は本件買収計画を樹立するにあたり、原告主張の農林次官通牒に基いて本件各土地を精査したのであるが、本件第一の土地の樹冠の疎密度は約〇・二五、第二の土地のそれは約〇・二であり、この程度の散生林は牧野の構成上適当なものである。

さらに、本件各土地には、前述のようにシラカバ等の比較的陽生な樹木の散生林が多いため、馬匹の飼料となる下層生草の生育に適し、米田牧場当時播種したオーチヤードグラス・白クローバー等の牧草が本件買収計画樹立当時もなお植生し、その他チシマザサ・エゾヨモギ・ハンゴン草・ススキ等栄養価値の高い馬匹の好飼糧が豊富に叢生しており、かつ前述のように本件各土地は水流に囲まれているため馬匹の飲水に不自由なく、特に中央部には湧水もあつて、放牧馬匹の飼糧・飲水は充分に賄い得る状態にある。

以上の次第で、本件各土地はいずれも牧野であり、かかる遊休牧野に自作農を創設することは、土地の農業上の利用を増進しもつて農業生産力の発展に寄与することとなるわけで、自創法の目的とも合致するので、本件各土地を自創法第四十条の二第四項第五号に該当するものとしてした被告の各買収処分には何らのかしもない、と述べた。

(証拠省略)

理由

一  古平町農地委員会が原告所有の本件第二・第三の各土地につき原告主張の日その主張のような牧野買収計画を定めたが、その後第三の土地に対する買収計画についてはそのうち四筆を減縮し本件第一の土地に対する買収計画に変更したこと、被告が右各買収計画に基いて本件第一・第二の各土地につきその主張のような買収処分をしたこと、右変更された本件第一の土地に対する買収計画につきあらためて公告・縦覧・承認等の手続がされていないことは当事者間に争いがない。

二(一)  そこでまず古平町農地委員会が右の変更された買収計画につき、あらためて公告・縦覧・承認等の手続をとらなかつたのは違法であるかどうかについて判断する。

自創法が市町村農地委員会の樹立した買収計画につき公告・縦覧・承認等の手続を要するとしたのは、買収計画を公表することにより市町村農地委員会の恣意を防ぎその計画の公正妥当なることを確保すると同時に、当該土地所有者に右買収についての異議および訴願提起の機会を与えて、本来買収すべきでない土地の買収から所有者を保護するためである。したがつて、市町村農地委員会は、牧野買収の公益性にかんがみその樹立した買収計画が異議および訴願の手続を経て確定した後でも、右計画にかしを発見したときは、右計画に基く上級行政庁の買収処分のあるまでは、みずからこのかしある買収計画を取消・変更することができる筈であり、しかも、右変更が買収土地の減縮であるような場合には当該土地所有者の権利を何ら侵害することはないのであり、本件の場合第三の土地のうち第一の土地への減縮で容易に減縮反別を特定し得るのであるから、この変更されたその余の部分につきあらためて公告・縦覧等の手続をとり、さらに土地所有者に異議および訴願提起の機会を与えなければならない必要はないと解すべきである。

ところで、成立に争いのない甲第八号証によれば、古平町農地委員会は昭和二十五年三月十四日本件第三の土地を再調査した結果、四百三十三番地の土地ほか三筆の土地を牧野不適地と認定し、これを原告の利益のため前記第三の土地に対する最初の買収計画から除外し本件第一の土地に対する買収計画に変更したことが明らかである。しかして、本件第三の土地のうち右四筆の土地を除くその余の部分と本件第一の土地とは全く同一であり、しかも第三の土地に対する買収計画についての原告の異議の申立が棄却されてそのまま確定したことは当事者間に争いのないところであるから、原告の利益のため変更された本件第一の土地に対する買収計画の部分につき、あらためて公告・縦覧・承認等の手続をとる必要はないものというべきである。したがつて、本件第一の土地に対する被告の買収処分には何らのかしも存しないので、原告の右主張は採用することができない。

(二)  次に本件各土地が牧野であるかどうかについて判断する。

本件各土地は、訴外米田惣太郎が明治の末から大正にかけて放牧地として国から売り払いを受け、少くとも十数年の間自己所有の馬匹および附近の委託馬数十頭を放牧していたものでもと米田牧場と称せられていたこと、原告が右各土地を買い受けてから本件買収まで右各土地につき間伐・枝払その他の管理行為をしなかつたこと、原告が本件第二の土地を訴外小林から買い受けた際右土地のうち二百九十番地の一部に原告主張のような落葉松が植樹されていたことは、当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第七号証の二、証人富本甚三郎、同米田徹郎(一部)の各証言および検証の結果を総合すれば、本件各土地は古平町市街地の東南約二ないし四粁の地点に位する丘陵地帯の一部で、同所をほぼ南北にならんで流れる沖村川・ツルノツペ川・歌棄川およびその支流に囲まれた約二百数十町歩の広大な土地であるが、一部急傾斜地および崖地を除いては比較的緩傾斜の部分が多く、同地内には馬匹の飼糧に適するススキ・チシマザサ・カヤ・クワ・ヨモギ・フキ・シダ等が必しも被告主張の程度とは認められないが生茂しており、本件第二の土地のうち二百九十番地と二百九十二番地の境附近には湧水があり、また本件第一の土地のうち四百二十七番地の土地附近には池もあるので前記各川とともに放牧馬匹の水呑場にめぐまれていること、本件第二の土地のうち二百九十番地の土地に植樹されている前記落葉松(唐松)は、米田牧場当時訴外米田が放牧馬の逃走と日本海よりの風雪を防ぐため同番地の土地境にそうて上下に約十数米の幅で植樹したものであること、第二の土地のうちその余の土地にはシラカバ・ナラ・落葉松等の自然木が散在しているにすぎないこと、他方本件第一の土地にはシラカバ・ナラ・アカダモ・タラボウセン・オシヨウダモ・イタヤ・ナナカマド等の自然木が生立し、とくに四百二十七番地・四百三十番地・四百三十二番地の各土地には主としてシラカバが不規則に林立していること、が認められる。右認定に反する証人米田徹郎の証言および原告本人尋問の結果はたやすく信用することはできず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、本件各土地はその山容、傾斜度等の関係から必しも牧野として好適地とは言い得ないが、本件古平町一般の地勢を考慮するとき、第一の土地は明らかに牧野であり、また第二の土地についてもその一部に山林のところがあるが、百数十町歩の広大な土地のうち部分的に山林があつてもそれはやむをえないことであり、しかも右山林は放牧馬匹のひ蔭林あるいは水源涵養林としてむしろ牧野には不可欠のものというべきであるから、右土地もまた自創法にいわゆる牧野というべきである。したがつて、原告のこの点の主張も採用することはできない。

よつて原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小野沢龍雄 吉田良正 徳松巖)

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例